存在だけで 美しいもの ー Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME - ~ PART Ⅲ KADODE~ 熊本公演

※ネタバレ含みます

  12月22日に開催されたPART II最終の横須賀公演はチケットがなく、私は参加できなかったのだが、そこでは3月8日さいたまスーパーアリーナSSA)でのラストステージが発表され、遂にゴールへの明確なカウントダウンが始まった。

 それにしてもSSAとは……

 ファンとしては、あのモンスターホールを満天の星空にするため、「小劇団のノルマ的なノリ」で、興味のありそうな知り合いに声をかけまくることになるわけで、まあなんとか数人連れていけそうだ。5年前の2月、ワンフェスのステージをニコ生で見て、「作品終了と同時にこの子たちを終わらせてはいけない。彼女たち自身や運営だけじゃない。ファンもまた試されてるんだ!」などと思って応援し始めたのだが、ホント、最後まで試されまくりだよw

 そんな中、年が明けて1月5日、熊本にてファイナルツアーPart IIIが幕を開けた。

 Part I、Part IIでは、それまでの印象を覆すような演出で、まだまだ進化する彼女たちを見せつけてくれた。と同時に、「HOME」というツアータイトルにふさわしく、岩手公演のように、故郷とのつながりを大事にした心打つ内容のステージもあった。

 そして今回の熊本公演だが、まゆしぃがブログで予告していたように、「原点回帰」という側面が打ち出されてた。個人的には、4thツアーのコンセプトを踏襲していると感じている。

 このブログでは完全に筆が止まっていて、4thツアーの感想を結局書いてなかったのだけど、ファイナルツアー以前の全てのライブの中で、実は4thの構成が私は一番好きだ。アニメ新章を控え、「TUNAGO」というテーマをしっかりと立てて、作品を旧作から新章へつなぐこと、そしてワグナーとのつながりが非常に強く意識されていた。

 ファイナルツアーでは、Part Iからワグナーとのつながりを強く打ち出していたが、Part IIIでは、WUGの様々な原点から、未来に向けて扉を開くためのつながりがとても感じられたのである。特に会場企画コーナー前のセトリは、昼夜曲の入れ替えがありながらも、2曲ずつセットで過去のそれぞれの時点を振り返る形を取り、ワグナーたちは各々がWUGにはまったきっかけの時期を思い返すことになったのではないだろうか。

 そして企画コーナー(後述)をはさみ、「16歳のアガペー」で推しへの愛を叫んだあと、新曲「言葉の結晶」が披露される。

 言葉の結晶 / Wake Up, Girls! - YouTube

 実に難しい曲なのだが、彼女たちが培ってきた実力と、ここに来てまた新たな可能性が存分に示されたといってよい。ただ、広川恵一さんが作ったこの難易度の高い曲調につい関心を奪われてしまうものの、ここでは只野菜摘さんが今の彼女たちのために書いた詞から思いを巡らせてみたい。会場で聞きコピできるわけではないので、上記YouTubeのワンコーラス分しか分からないが、そこにはもどかしさや拙さに苦しむ中から、「存在だけで美しいもの」を伝えようとする思いが描かれる。

 どこか、この日の主役、青山吉能に重なるものを感じないだろうか。

 もちろん只野さんはこの日のよっぴーのためだけにこの詞を書いたわけではなく、メンバー一人ひとり、そしてユニットWUGとしても、この歌詞から想起されるものはある。しかしYouTubeのワンコーラスを聞いて熊本公演を振り返ると、やはりそこにいるのはあの時のよっぴーなのだ。

 企画コーナーに移るとき、よっぴーの他にまゆしぃとななみんがステージに残る。結成からしばらく飛行機で東京に通っていた西日本組だ。笑いを交えながら当時の思い出を語り合ったあと、3人が披露したのは後輩ユニットRun Girls,Run!の「カケル×カケル」。

 “大好きだけが先走りしていた故郷の日々に別れを告げる
  そうだ だって私は一歩早くに子供時代とさよならした”

 まだ高校生だった3人が、毎週末飛行機に乗って東京へ向かい、全力で走っていたあの頃は、ランガちゃんたちのこのデビュー曲とも重なり合う。

 だが、まゆしぃとななみんが舞台から下がると、1学年年下のよっぴーが一人残される。故郷の日々に別れを告げるはずなのに、自分だけが故郷・熊本から離れられない。

 「この街が大嫌いだった」

 夜公演、ワグナーのために書いてきたという手紙で、彼女はそう告白する。2017年のソロイベでも、この頃のもどかしい自分を表現していた。彼女にはそこに逃れられない一つの原点があるからだ。

 ”あなたに 誰かに 聞いてほしいことがある
  思いの言葉の結晶” 「言葉の結晶」より

 彼女が読み上げた手紙は、まさに「思いの言葉の結晶」だ。一人故郷に残され、他のメンバーたちから遅れを取っていくことへの苛立ち。「私はなぜ熊本なんてところで生まれ育ってしまったのか」という理不尽な怒りを母にぶつけ、泣かせてしまったこと。そんな自分の弱さをもさらけ出す言葉は、「傷を削って透明に」なっていく。

 ”存在だけで 美しいもの”

 上京し、東京の雑踏に揉まれながら活動していく中で、やがて自分を生み育んでくれた故郷は、いつでも優しく、大切な存在となっていく。

 また、彼女にとって故郷とは熊本だけでなく、Wake Up, Girls!も「HOME」(故郷)であると語る。メンバーが、スタッフが、ワグナーが、そして演じたキャラクターも、彼女にとって「HOME」となる。しかしそれはまた、ワグナー一人ひとりにとっても、WUGを通じて出会ったもの全てが、共に分かち合う「HOME」になるのだ。

 手紙を読み終え、アカペラで歌い始めた歌は「わたしの樹」。2017年ソロイベで披露されたこの曲は、この日と同じく自分の弱さをさらけ出した上で、一つでも大切に願いを叶えていこうという、よっぴーの思いが込められている。これも只野さんによる作詞だ。

 歌い始めてすぐ、よっぴーは涙で声を詰まらせるが、しかし次のフレーズではしっかり声を取り戻す。そして最後のサビでは、残るメンバー6人がステージ上段に現れ、7人で一緒に力強く歌い上げた。東京で一人で歌った2年前のソロイベのときとはまた違う、故郷で自分をさらけ出して、そして仲間たちと一緒に歌う「わたしの樹」は、どこまでも透明で美しい。

 一人ではない今、よっぴー、あなたはその存在だけで、美しいです。

 7人が一旦ステージから下がると、スクリーンにメンバー一人ひとりからよっぴーへのメッセージが映し出される。およそ強いリーダーシップで引っ張っていくリーダーではなく、「へっぽこリーダー」扱いされていたよっぴーだけど、自分を隠さず素直に出せる彼女らしさが、結果としてメンバーみんなを安心させ、一つにまとめる存在になっていたのだなと改めて感じさせてくれる、愛のある言葉たちだった。

 そしてPart IIIの新衣装に着替えて現れたWUGちゃんたちが披露したのは、「HIGAWARI PRINCESS PRINCESS Yoshino Ver.」だ。一応ここまでが熊本限定企画コーナーってことなのだろう。いつもの「素敵なステッキ」ではなく、みんなパラソルを持ち、その中で一人ピンクのパラソルを持つプリンセスよっぴー。やはり彼女の満面の笑顔は可愛くて最高だ。

 その後「言葉の結晶」のあと2曲続き、本編の締めに歌われたのは「TUNAGO」。やはりこの点も4thツアーと同じで、WUGの、そしてよっぴーの原点から門出の先へとつないでいくことが意識された構成なんだなと実感した。

 

 最後に「HOME」「故郷」というものについて少し語りたい。

 先月の岩手公演でかやたんは、愛する故郷をメンバーやワグナーに感じてもらおうというステージを作った。そこでまさに今回の主役よっぴーが、岩手に故郷を感じたと語っていた。一方熊本公演では、最年長なのに普段はマスコット的存在のかやたんが、よっぴーに対し、お姉さんのような優しさで接していたように思う。公演後のブログにもそんな優しさが溢れていた。

 このファイナルツアーでは、メンバーそれぞれの故郷を巡り、またそれ以外に街であっても、そこにつながる人たち(メンバー、スタッフ、ワグナー一人ひとり)にとって「HOME」となっていくことが、ある種の「目標」になっていると感じている。

 ただ単に観光として訪れ、有名な建物や景色を眺め、写真に撮って帰るだけでは、その土地が「HOME」と呼べるものにはならないだろう。大好きな誰かが生まれ育った大切な故郷であること。仲間たちと共に楽しい時間を分かち合った場所であること。その一つ一つの場所に一人ひとりがつながっていることへの眼差しが、その土地を「HOME」という存在にしていくのだと思う。

 WUGのライブ会場に行くと、最近中東系の顔をした数人のグループを見かける。台湾人ワグナーは以前から結構いて、私も何人かと楽しく話をさせてもらったことがある。また熊本公演後に流れてきたツイートでは、よっぴーも訪れたという店で行われていたオフ会に韓国人ワグナーも参加していたようだ。彼らにとっても、よっぴーという存在を通じて熊本が「HOME」となり、会場となった(なる)それ以外の街も「HOME」となるのだろう。

 少しポレミカルな話に広げるなら、関東だ関西だとか、国とか民族といった看板だけで人を括り、そこにつながる一人ひとりへの眼差しが欠けてしまうことで、お互い出来るはずの協調や妥協を出来なくする状況が生み出されてしまうのではないかと思っている。私もかつて日本を離れ、もう戻ることはないかもしれないと覚悟した時期もあった。だからこそ、自分が生まれ育った日本という国や東京という街に根を持つ思いは人一倍意識してきたし、出会った様々な国や地域の人たちの故郷への眼差しも失わないように努めてきたつもりだ。

 WUGのツアーをそんな話にまで広げるのはやりすぎかもしれないが、ただそこに希望を感じることくらいはよいのではないだろうか。

 私の次の参加は徳島、そして仙台となる。ななみん、あいちゃん、そしてWUGの故郷に「HOME」を見出しながら、最後の門出へと向かいたいと思う。

イーハトーブの国から、旅立ちへの第一歩 ー Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME - ~ PART Ⅱ FANTASIA ~ 岩手公演

※ネタバレ含みます

 

 いつの間にか、涙が流れていた……

 

 12月9日、前日の夜にサラサラと降った雪が、盛岡の街に白く薄化粧を施していた。しかし空は青く、鼻孔を抜ける空気はツンと冷たく澄んで、心地よい。

 岩手はWUGメンバーの一人、奥野香耶、かやたんの故郷だ。このファイナルツアーでは、メンバーの故郷が会場のときは、そのメンバーが企画するコーナーが組まれている。この岩手公演については他のメンバーも「かやがすごく頑張って考えてくれている」と、折に触れて話していた。

 かやたんは、メンバー中随一の「不思議な」魅力を持った子だ。最年長でありながらまるで一番の妹のように他のメンバーから可愛がられ、しかし周りに流されない自分がある。守ってあげたくなるような可憐さがありながら、決して誰にも干渉させない独自の空気も纏っている。かやたん推しのワグナーたちはそんな彼女の独特な雰囲気に魅了されつつ、(私は参加してないが)3月に行われたソロイベントのときには、そこに作り上げられた彼女に困惑させられ、見事に翻弄されていたようだ。

 ただ彼女は、おそらくWUGの中で誰よりも、主観的にも客観的にも声優という自分の姿を見つめ、また探し求めている人なのだと思う。

 ツアーPart IIは「FANTASIA」と銘打たれ、Part Iのパーティー感とは変わり、冒頭の「スキノスキル」では薄いカーテンに映し出されるファンタジックな映像の後ろでWUGちゃんたちがそれに溶け込むように歌い踊り、また「outlander rhapsody」では一転、彼女たちが勇者となって、ゲームの中に入り込んだような世界観で楽しませる。

 そんな演出が続く中、これまでなら会場限定企画が来るところを、前倒しでリーディングライブが行われ、7人の家族のような絆を感じさせる物語が演じられた流れで、「Polaris」が披露される。

 その後WUGちゃんたちが一旦ステージから下がると、スクリーンが下りてくる。

 ここからは昼公演のこと。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル

 文字だけの映像に、かやたんの声で宮沢賢治の「雨ニモマケズ」。 続いてスクリーンには盛岡の街を歩くかやたんが映し出され、彼女のモノローグ。

 6年前の冬、WUGの最終オーディションを受けるために、開運橋を渡り、岩手山に見送られながら、盛岡駅から東京へと向かった自分。まさか自分が受かるわけないとどこか思っていた中で、自分の人生が大きく変わったWUGへの選出。ここからははっきりとは覚えていないが、嬉しいことばかりでなく、悩み苦しむことはあっても、支えてくれる人々へ感謝し、自分を生み、育て、送り出してくれた故郷、岩手を大切にして、故郷に誇れるような
「サウイフモノニ ワタシハ ナル
と彼女は宣言する。

 夢と不安を胸に故郷を旅立ってきた一人の女の子が、今を大事に生き、これからも一歩一歩生きていくことを力強く宣言する。その語る声に、私の組んだ手が震えだす。私は約5年間、声優として、アイドルユニットの一員として、そしてそのことに真摯に向き合う一人の人間としての彼女を、遠くファンの立場で見守ってきたつもりだ。そんな私の中に、言葉にできない何かが込み上げてくる。

 ステージの両脇から合唱団イーハトーヴシンガーズの方々が壇上に上がり、最後にかやたんがステージ中央に姿を現す。

 「私のふるさとの歌を聴いてください。」

イーハトーヴの国の人は
生命のはかなさを知っているから
イーハトーヴの国の人は
やさしく微笑むのだろう

 「イーハトーヴの風」、彼女はやさしい微笑みで、故郷の人たちと一緒に、ふるさとの歌を私たちワグナーに歌い聴かせてくれた。あの日夢を抱いて故郷を旅立ち、そこで出会った人たちを今故郷に招いて、誇りを持ってふるさとを歌う彼女の微笑みは、なんて素敵なのだろう。

 うん、かやたん、あなたは素敵です。とてもとても、素敵です……

 いつの間にか、私の頬に涙が流れていた。いつ以来だろう、気づかぬうちに流れた涙など。どんなに感動し目頭が熱くなっても、本当に涙がこぼれることなど、ほどんどなかったはずなのに……

 次に、イーハトーヴシンガーズの皆さんが、WUGの歌を覚えてくださったという。その歌は「言の葉 青葉」。作品「Wake Up, Girls!」の持つ思想を実はもっとも含んでいる曲。東北の震災の悲しみを知りつつも、何度でも芽生える力をもった青葉に言葉を寄せた歌だ。イーハトーヴシンガーズと一緒に歌うかやたんの声は、ヘッドマイクを付けているにもかかわらず、耳を澄まさなければ聞き取れないほど合唱の声に溶け込んでいる。途中からWUGの残る6人も姿を現し一緒に歌うが、彼女たちの声もイーハトーヴシンガーズの美しい歌声の中に溶け込んでいく。

 間奏で、かやたん以外の6人が会場の通路に降りてくる。そして「皆さんも一緒に歌ってください。」というかやたんの言葉に、会場のワグナーたちも皆、「言の葉 青葉」を歌う。

 この時思った。岩手の合唱団イーハトーヴシンガーズが歌い、私たちワグナーが歌い、そしてWUGの7人の歌声がその中に溶けていったことで、「言の葉 青葉」はWUGだけでなく、誰もが口ずさめる歌になれるんだなと。最初はフォークグループ「赤い鳥」が歌っていた「翼をください」が、教科書に載り、今では多くの人が「赤い鳥」のことを知らずに口ずむ合唱曲となった。「言の葉 青葉」もまた、イーハトーヴシンガーズさんがきっとどこかで歌ってくださったり、ワグナーの誰かが合唱団に入って選曲したりすることで、いずれWUGという姿が溶けて見えなくなっても、東北の歌として広く歌われる歌にきっとなれるだろう。

 歌い終わると、自然にスタンディングオベーション。涙を拭っていた私は一瞬遅れたが、ステージに向かってほぼ左隅にいた私の視界に、通路でこの光景に驚きながら満面の笑みを放つななみんの姿が映った。さすがななみん、私も一瞬で笑顔になってしまったよ。

 

 いつものように、私のブログ記事は冗長になって申し訳ないのだが、このまま夜公演の話もさせてほしい。

 

 昼公演で一つ心残りがあった。泣いて声が出なくって、「言の葉 青葉」を全然歌えなかったのだよ……。これでも若い頃、合唱団で歌ってたことがあるので、夜公演ではしっかりお腹から声出して歌うぞ。さすがに二度は泣かされないぜ、かやたん!

 夜公演でも「Polaris」が終わるとWUGちゃんたちがステージから下がり、天井からスクリーンが下りてきた。しかし今度は、WUG一人ひとりからワグナーへの、感謝の言葉が流れる。そして昼公演と同じくイーハトーヴシンガーズの方々がステージに現れ、最後にかやたんが再び中央へ。

 披露された曲は、昼公演とは異なり、「旅立ちの時」。

旅立ちの勇気を
虹色の彼方に
語りかけるこの時
微笑みながら振り向かずに
夢をつかむ者たちよ
君だけの花を咲かせよう 

  「旅立ちの勇気を 虹色の彼方に」って、まるでWUGの旅立ちのために書かれたみたいじゃないか!こんな歌があったなんて……

 この曲では他のメンバー6人も途中からステージに現れ、一緒にこの歌を歌った。昼公演は、かやたんの故郷にワグナーを招き、故郷を歌って、彼女の新たな出発の決意を表していた。そして夜公演では、同じく故郷に招いた仲間たちとともに、ワグナーたちへ旅立ちの決意を歌う。

 これまでこのファイナルツアーでは、敢えて終わりを意識させず、Part II最初の大阪公演でも、大阪出身のまゆしぃはコントや大喜利といったお笑い企画で、Part I同様にとことん楽しむステージを作ってきた。しかしこの日、声優ユニットWUGとしての終わりの時が近づいていることが明示されたのである。年明けからのPart IIIは公演数が多いので、ライブの数としてはまだ半分に達していないのだが、7月のツアー開始からの期間としては、大阪公演から2ヶ月空いたこの岩手公演が、実は後半の出発点だといえる。かやたんはきっと、最年長である自分から、旅立ちの第一歩を示そうとしたのかもしれない。

 合唱の2曲目は、昼公演と同じく「言の葉 青葉」。かやたんが「緑のサイリウムを点けてほしい」と言ったので、会場全体が緑色の光に染まる。緑はかやたんの色であると同時にWUGの色だ。アニメ新章に際し、かやたんは黄緑、WUGカラーはライトブルーに近い緑に色分けされたため、私は「雫の冠」のときは新たなWUGグリーンを灯すのだが、「言の葉 青葉」はやはり、初期のくっきりとした緑を、左の胸に当てる。

 今度は最初からかやたん以外の6人も参加し、イーハトーヴシンガーズとともに歌う。そして昼と同じく間奏で会場の通路に降りてきて、ワグナーたちも一緒に声を合わせる。

 大丈夫、また胸は熱くなってるけど、涙は出ていない。歌える。

 夜公演では幸い通路から近い席で、私のそばにはあいちゃんが立った。彼女はきっと、できるだけ一人ひとりと目を合わせながら歌っていたのだろう。私ともわずかに目が合うと、その瞳は少し濡れて光っていたように思う。私はなぜか、うん、うんと頷きながら、声を張り上げるではなく、しかしできるだけ通る声で、彼女に届けるように歌った。届いていたら嬉しい。

 歌い終わり、イーハトーヴシンガーズの方々、そしてかやたん以外のメンバーが下がると、一人残ったかやたんは言った。「がんばってねと かんたんに言えないよ」をワグナーのみんなに歌ってほしかったと。

 そう、言葉では簡単でも、「頑張る」ことは決して容易なことではない。でも、きっとだからこそ、彼女は私たちワグナーに茶目っ気のある笑顔を見せてこう続けた。

 「でも、これからも、がんばってって言ってね。」

 そうだね、簡単になんて言わないよ。私も、そして全てのワグナーたちが、心を込めて言うだろう。「がんばってね」と。

 

 最後に、イーハトーヴシンガーズの皆さんに心から感謝を申し上げます。WUGとワグナーだけでない、皆さんの美しい歌声があったから、この日のライブが忘れられない素晴らしいものになりました。本当にありがとうございました。そして、どこかでまた「言の葉 青葉」を歌っていただけたら、とても嬉しいです。

 

「未来」である今と「今」であるあの時をツナグ物語 ~ 舞台劇「Wake Up, Girls! 青葉の軌跡」BDを見て

 先日、舞台劇「Wake Up, Girls! 青葉の軌跡」のBDが届いた。この舞台は今年の6月6日~10日に上演されており、私も2公演見に行っている。当時感想を書こうと思っていたものの、すぐに頭の整理がつかず、ひとまずゆっくり考えながら次の週末までにまとめるつもりでいたら、その週末を迎える直前、全てが吹き飛んでしまった。そう、6月15日の衝撃、突然のWUG解散発表である。

 あの時、WUGちゃんたちは翌週の解散発表を胸に秘めた上で演じていた。当時眺めたツイートの記憶では、I-1メンバーやその他の演者たちはそのことを知らなかったようだ。舞台の演出家などはどうだったのだろうか。ただ、WUGメンバー以外で直接この舞台に関わった人物としては、少なくともあの人だけは前もって知っていたのではと予想できる。脚本の待田堂子氏だ。彼女はWUGの解散を知った上でこの舞台の脚本を書いたのだろうと。

 実は公演を見た直後も、待田さんの観点で感想を書こうとは考えていた。あの時なりに考えていたことと、今も大枠は変わっていないのだが、しかし今だからこそ、待田さんがより強くWUGに寄り添う気持ちで脚本を書いていたものと思える。

『Wake Up,Girls!』は私にとって、はじめてのオリジナルアニメ。思い入れがあります。
今回の舞台は、初期テレビシリーズで、書き切れなかったことを詰め込みました。今年で結成5周年。彼女達も、それぞれに積み上げたものや思いがあると思います。私は今でも一緒に歩いているつもりです。
待田堂子

(舞台公式サイトより) 

 待田さんは初期テレビシリーズの脚本・シリーズ構成を担当し、またWUG声優オーディションの選考員の一人だった。原案・監督の山本寛氏、作曲の神前暁氏、そして待田さんが、声優ユニットWUGの7人を選抜した生みの親である。しかし彼らの中で、新章まで継続的に残っていた者はいない。神前氏はアニメ放送直前に病で長期休養に入り、楽曲面の世話を弟子の田中秀和氏に託してWUGから離れる(新章ではRGRに曲を提供しているが、WUG曲は田中氏や岡部啓一氏に任せている)。山本氏は、ワグナーによって賛否諸々あろうが、WUGというコンテンツに断絶を刻んで切り離された。

 待田さんは、理由は分からないが、2015年秋冬の続劇場版の時点でスタッフロールからその名前が消えていた。2017年1月に上演された前回舞台「Wake Up, Girls! 青葉の記録」の脚本を書くまで、WUGとの関わりは途絶えていたようだ。

 「私は今でも一緒に歩いているつもりです。」

 前回舞台でも、待田さんは初期シリーズの人として、そこまで3年間歩んできたWUGメンバーたちの思いを込めた原点を綴り、新章へ向けて彼女たちを送り出している。

 待田堂子 on Twitter: "私、WUG、大好きなんですよね〜。… "

 前回舞台当時のツイートを掘り出してみたのだが、コンテンツから離れていても、ずっとWUGちゃんたちを愛してくれていたのだ。

 そして今回の舞台。物語は初期テレビシリーズ5話~7話を基本的に再現するものだが、それを新章を終えたWUGが振り返る形をとっている。冒頭とエンディングに、WUG7人が言葉を寄せ合って紡いだ歌「Polaris」。

 ”キラキラキラ輝く 未来と今ツナグTwinkle star”

 待田さんは、「未来」である今と「今」であるあの時をツナグ物語を描こうとしたのではないだろうか。

 物語序盤、Twinkleから新曲「16歳のアガペー」をもらい、初ライブに向けレッスンに励むものの、なかなか足並みが揃わない。ライブ同日にI-1 Clubの仙台公演がかち合ったことにも焦りが隠せない。そして散々な結果に終わった初ライブ。心がすれ違う7人。特に、かつてI-1 Clubでセンターを務めていた真夢が今WUGにいることに、その真意を計れずわだかまりを募らせる佳乃。

 ”街明かり消えた夜
  誰を頼ればいいの?
  不安とかイライラが闇を作り出す”

 アニメを放送していた当時、もしかしたら彼女たちにもこんな思いがあったのかもしれない。特にまだ熊本から上京する前のよっぴーは、他のメンバーから遅れをとっている自分に焦りを感じていたことを隠していない。「ハイパーリンク」と謳ってリアルWUGのエピソードなどを山本監督とともにアニメの脚本へ反映させていた待田さんだが、その脚本を上塗りする葛藤がその後のリアルなWUGにはきっとあった。仲良しに見えてまだお互い手探りだったあの頃。その思いが「Polaris」の歌詞に滑り込んでおり、だから今回の舞台では、そのすれ違う様がアニメの時以上に強調されていたように感じられた。

 菜々美「なんだかわからないけど」
 藍里「何かがズレてて」
 佳乃「私達、きっと」
 真夢「すれ違ってる」

 突然WUGのレッスンを買って出たI-1 Clubの音楽プロデューサー早坂によって、WUGの脱退を突きつけれる藍里。そしてそのことを知らされ、藍里をどうするか悩み、焦り、揉める残りのメンバーたち。そこでぶつかって吐き出して、でも7人でWUGだ、藍里は切り捨てないという結論で、彼女たちは走り出す。

 ここからの、特によっぴーの演技は迫真だった。演出家の萩原氏からは「毎公演こんなに感情が変わるとは…」と言われていたそうだが、それだけ一つには収まらない感情がよっぴーの中にあったのだろう。アニメのアフレコの時、山本監督から散々泣かされて演じたものとはおそらく全く違う、今のよっぴーの中から溢れ出る感情があった。ナマモノの舞台だからこそ、そこに監督のOKはない。毎回違う全てが本物だったに違いない。

 エピローグ。「Polaris」の衣装を来た今の7人が再び現れ、振り返る。

 菜々美「WUGらしさって何だろう?それは私達がずっと考えてきたことだ」
 未夕「今だから、なんとなくわかったことがある……」
 夏夜「それは……もしかしたら……私達が頑張っている姿を見た人が……」
 実波「自分たちも頑張ろうって思ってくれること……」
 藍里「みんながそんな風に感じてくれることが、やがて私達に戻ってきて……」
 佳乃「そして、また、私達も七人で頑張っていこうと思えることなのかもしれない……」

 そして再び流れる「Polaris」のメロディー。

 ”ひと粒の瞬きがボクを導いてく
  ココロから憧れた世界
  満天の星空になる日まで”

 先日、ANIMAX MUSIX横浜アリーナで見た白く満天の星空。すれ違い、ぶつかり合い、涙したあの時の「今」があるから、今という「未来」に描けたあの景色だ。

 今回の舞台脚本のもう一つの肝は、I-1 Clubの岩崎志保の描き方だ。アニメ初期シリーズの志保は、真夢に対し厳しい顔で「負けない」と呟いていた。それに対しこの舞台では、面倒見の良い先輩として後輩を相手に、真夢は「勝ちたい相手」だと語る。これは待田さんが関わっていなかった続劇場版と新章に繋がる志保の側面を描いた改変だ。

 だから、エンディングの「Polaris」で、新章最終回と同じようにWUGとI-1 Clubが一緒に手を降って歌える世界が生まれたと言える。まさにWUGちゃんたちが「ココロから憧れた世界」なのではないだろうか。

 ”キラキラlucky lucky 奇跡が
  永遠に続くならば
  振り返らず進むだけでいい
  だって君もボクを照らすPolaris

 もうすぐ解散を迎えるWUG。その発表を胸に秘めて演じる舞台のために、WUGちゃんたちが自分たちの思いを込めて書いた歌に寄り添って、待田さんはあの時と今をツナグ脚本を書いたのだろう。そして「振り返らず進むだけでいい」、未来と今はツナガっているのだからと、彼女たちを未来へと送り出す。

 待田さんにとっても、WUGは自分を照らすPolarisなんだろうな。

ワグナーを巻き込み攻めて描いた白く満天の星空 ~ ANIMAX MUSIX 2018 YOKOHAMA for the Wake Up, Girls!

 11月17日(土)、横浜アリーナで開催された「ANIMAX MUSIX 2018 YOKOHAMA」に参加してきた。こういったフェス系のイベントに参加したことは殆なく、夏のアニサマに次ぐ規模のANIMAX MUSIXも、当然これが初めて。年末のアニメJAMには何回か行ってるが、あれはWUGのイベントの延長線上にあるイメージがあり、ファンであるワグナーからすればホームゲームのようなものだ。1万人を超える観客が集まる横浜アリーナでは、ワグナーは確実に少数派である。それでも解散前の最後の大規模イベントに参戦するWUGを見届けるため、私のような者も少なからず足を運んでいたはずだ。とはいえ、アウェイゲームであることには変わりない。

  イベントが始まると、まずはトップバッターOxTが一気に会場を盛り上げる。ヴォーカルのオーイシマサヨシは「けものフレンズ」のOP製作者として強くインプットされていると同時に、「月刊少女野崎くん」のOPでも強烈な印象があって、歌い手としてもエンターテイナーとしても、トップバッターにうってつけのアーティストだ。続く田所あずさも個人的に結構好きで、彼女の歌は比較的よく聞いているから、今回ライブで見られて嬉しいアーティストの一人だ。また男性アーティストだけで女性アーティストの曲をカバーするという企画「MUSIX漢祭り!」も最高に楽しかった。またオーイシマサヨシになるが、まさかTOM☆CATの「TOUGH BOY」を歌うとはね。古いよ!オレも若い頃カラオケでよくチャレンジしたよwww

  それにしても、WUGが出てこない。いや、中途半端な順番で消化されたくはないから、まずはコラボ企画で一旦出てこないかなと待っていたのだが、全く出てこない。そしてついに「本日前半のトリ!」とのアナウンスが入り、「え?このまま前半なし?」と思った瞬間コールされたアーティスト名が「Wake Up, Girls!」。ここで来たか!大役じゃないか!

  手にした汎用キンブレ(WUG用だと他のアーティストで必要な色がなかったりするからね)を急いで緑に変え、登場の瞬間を待つ。知名度の高い「タチアガレ!」を王道でぶつけてくるか、新章OP「7 senses」で今のWUGをしっかり自己紹介するか。少なくとも自分たちで言葉を紡いだ「Polaris」は締めで歌うだろう。さあ何から行く、WUGちゃん!

  そして2段ステージの2階にバッとスポットライトが当たる。

  「成長したい 成長したい」

 マジか!それかよ!衣装も含め、この夏のファイナルツアーPart1のオープニングをまさかの再現じゃないか!ちょっと待て、ここはアウェイゲームの横浜アリーナだぜ!ここで「SHIFT」かよ!

 念のため、ワグナー以外の読者(多分義理で読んでくれてる競馬絡みのフォロワーさん)に説明しよう。この「SHIFT」という曲は、この1~3月クールに放映されていた「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」というアニメのED主題歌「スキノスキル」のカップリング曲である。作中の挿入歌でもなく、ワグナーでさえ「スキノスキル」のCDを買って初めて聴いた曲だ。そしてライブで披露されたのは、上記のツアーPart1、市原、座間、大宮だけである。しかも解散発表直後のツアーで、ほぼファンクラブ会員だけで客席を埋めてしまっていたので、ワグナー以外この曲のライブ感を知らないのだ。それでも初っ端から盛り上げるにはうってつけの曲で、Part1の印象に圧倒的インパクトを与えたのも確かである。でもここは横浜アリーナだぜ?アウェイだぜ?いくらなんでも攻めすぎだろ。

 「成長したい 成長したい 認証されたい」

 ワグナー「レッスン!レッスン!」

  ここで気づいた。やばい。この子たち、完全にオレたちをアテにしてやがる。これ、オレたちのコール次第で、三振になるかヒットになるかが決まるんじゃないか!

 「合格したい 合格したい 合格できない」

 ワグナー「オーディッショーン!」

 おじさん、過去一番のでかい声を張り上げてコールしましたよ。Bブロック後ろの方、ステージのほぼ反対側から、そっちまで届かせる気持ちで叫びましたよ。たまたま隣にいたあいちゃん推しの若いワグナーさんも一緒に、渾身の声で叫んでました。

 まったくもう、楽しすぎるじゃないか。全然守りに入らない。見たか横浜アリーナ!これがWUGとワグナーだ!お前らも盛り上がれ!って感じで、テンション上がる上がるw もちろんワグナー以外がコールのセリフをいきなり再現できるわけないのだが、しかし全体の盛り上がりは感じ取れる。

 WUGちゃんたちはステージ1階に降りてきてポップなダンスを披露し、「SHIFT」を歌い終えると、カラフルな衣装を脱ぎ捨て、中に着ていた黒衣装で「恋?で愛?で暴君です!」へ突入。これも完全にPart1の再現だ。そしてこの曲もコールと一体で盛り上がる曲だ。

 「ダイスキだ~い」

 ワグナー「オレモー!」

 知らない人が聞いたらドン引きだろ。でもこちらはある程度認知度があるせいか、「SHIFT」よりも聞こえてくるコールの声が大きい。しかもこっちのほうは簡単なせいか、4回目の「ダイスキだ~い」のときには、確実に「オレモー!」の声が増えていた。巻き込んでるよ、横浜アリーナを。1万人超の観客たちを!

 「恋?で愛?で暴君です!」を歌い終え、メンバー自己紹介と簡単なMC。解散を控えた湿っぽさは一切出さず、しかし伝えたい思いは自分たちで言葉を紡いだ歌で。やはり締めの曲はこれしかない。「Polaris」だ。

 会場の色が徐々に白へと変わっていく。WUGといえばユニットカラーが緑で、ワグナー以外の観客にもそのことは概ね認知されているが、この曲は白。ワグナーたちが切り替えていく光に合わせて、会場のほぼ全体が白に包まれたとき、感謝の気持ちがこみ上げてくる。この横浜アリーナが白く満天の星空となり、WUGにとってアウェイからホームに変わったことに。

  最初の間奏でメンバーたちが二手に分かれ、センターエリアとアリーナブロックの間に作られた周回通路へ降りてくる。今年のWUGはとにかくファンの近くへ行くという方針で一貫しており、この横浜アリーナでもそれは変わらない。

 そしてセンターエリアを横切る通路に集まり歌い続ける中、まゆしぃのソロパートがやってくる。このときだけペンライトの色を白から赤に替えるのが私たちのお約束だ。さすがにワグナー以外の人はこの僅かな変化に対応できないだろう。つまり、この15秒程度の間だけ輝いた赤い光が、真正ワグナーたちだと言ってもよい。WUGちゃんたちがアテにしてくれたオレたちの、ささやかなアピールタイムだ。

 「キラキラキラ 輝く」

 正面のスクリーンに歌詞が流れ、会場みんなで一緒に歌い始める。メンバーたちは再び二手に分かれ、歌いながら周回通路を、今度は後方に向かって歩いてくる。ああ、やっぱり今のWUGちゃんだ。一番後ろまでやってきて、歌と笑顔を届けてくれる。Bブロック後方にいた私には、メインステージ上のアーティストの姿は、スクリーンを見なければ表情が分からないほど豆粒だ。でもWUGちゃんたちは、直接その笑顔が見られる距離まで来てくれた。本当に、この子たちを好きになれてよかった。

 そして二手に分かれたメンバーたちが再び合流したミキサーエリアの後ろ。そこに設けられたささやかな台の上に立ち、7人が肩を組んで、会場のみんなと一緒に歌う。

 「ラララララ~ラ ラ~ラララ」

 

  

 この日の公演を通じて、この場所に立ったのは結局WUGだけだった。彼女たちのためだけに設けられた小さな、しかしどこよりも身近で温かい特設ステージ。この瞬間、この場所にいられてよかった。感謝の思いしかない。WUGちゃんに、この小さな特設ステージを用意してくれたANIMAX運営の方々に、会場を白く満天の星空に変えてくれた全ての観客に、そして共に先導して叫んだワグナーたちに、心からありがとう……

 

 

 

 

 WUGちゃんたちが下がり、20分間の休憩に入った瞬間、隣のあいちゃん推しワグナーさんと顔を見合わせると、完全に幸福感に満ちた笑顔。お互いドカッと席に座り「いや~最高でしたねえ」と語り合ってしまった。

 ……が、まだこの日の公演の前半が終わったとこなんだが。

 こちらとしてはもうメインイベントが終わってしまった気分。でもまあ、後半は他のアーティストとのコラボで出てくる機会はあるだろうし、それはそれで楽しもうくらいの感じでいたら、「WUG3本勝負!」という、WUGのために用意した特別コラボ企画。3組のアーティストと3曲連続で歌うという破格の待遇。ANIMAX運営さん、マジありがとう!

 もうすでに長々書いてるので、この企画については以下巻きで。

 まずLuce Twinkle Wink☆との「もってけ!セーラーふく」。ルーチェはWUGより後発のユニットで、ライブではWUG曲をカバーしてるとのこと。またこの曲はWUGがデビュー当初カバーしてた曲なので、お互い一瞬の気の緩みを許さない、本気のダンスバトルって感じで、ハイレベルなパフォーマンスが素晴らしかった。

  続いてスタァライト九九組との「回レ!雪月花」。こちらはユニットも曲も知らなかったのだけど、スタァライト九九組は作品派生のユニットとのことで、メンバーにWUGを可愛がってくれている三森すずこがいたり、よっぴーと仲がよい伊藤彩沙がいたりとかで、ノリのよい曲で一緒にタオルをぐるぐる回して楽しんでる感じがよかった。

 そして最後がびっくりしたことに、中島愛との「星間飛行」。WUGにとって、特にファンを公言しているかやたんにとって憧れの存在であるまめぐとのコラボを用意してくれるとは、ANIMAXさん素敵すぎる。まめぐが前奏で「WUGちゃんを抱きしめて!」と会場に向かって叫んだときは、豆粒にしか見えない距離なのに、メンバーの幸せが伝わってくるの勝手に感じた。そして手前にかやたん、後方に2階ステージのまめぐを仰瞰のツーショットで抜いたムービーカメラマンさん、この日最高のGJ!を進呈したい。このカット、どこかでまた見られるとありがたいなあ。

 更にまめぐとのコラボについて加えると、昨年Wake Up, May'n!(WUM)としてMay'nとコラボユニットを結成していたつながりで、かつてマクロスFでMay'nとコンビを組んでいた中島愛とのWake Up, Megumi!(WUM)ができたのは、とても素敵な繋がりだなと、感慨深く思う次第である。

 いや、ホント、WUGちゃんのためにこんなにも素敵なステージを用意してくれて、ANIMAX MUSIXさん、本当に本当にありがとうございました。一ファンである自分にも、深く心に残る、素晴らしい時間となりました。

 まあしかし、6時間のライブというのはさすがに疲れた。汎用キンブレの電池は9月のWUGファンミのときに取り替え、あいちゃん曲で桜色を出すためにしか使ってなかったから、今回そのまま持っていったのだけど、大トリ前の黒崎真音のステージで紫色が怪しくなり、大トリのGRANRODEOで燃え尽きました。しかし他のアーティストのステージも十分楽しめ、今回参加して本当によかった。

 そんな満ち足りた疲労感を抱えて帰宅すると、我が家のポストにWUGちゃんからバースデーカードが届いていた。最後まで本当に良い一日だった。

「非当事者」による「当事者」の思いとの融合の試み ー 舞台劇『希薄』を観劇して

※この記事は敬称略で書かれてますが、そういうときはむしろいつも以上に敬意をもって書いてます。

 「ナナシノ( )」という俳優グループが企画する舞台劇『希薄』を観劇してきた。きっかけは何ということはない。Wake Up, Girls!吉岡茉祐が出演するということで、この公演を知ったのだ。もっとも、WUGメンバーが出ているからといってなんでも見に行くわけではなく、むしろメンバー単独出演の舞台を見たのはこれが初めて。東日本大震災がテーマということで、なんとなく見てみたいと思ったのである。あれから7年半を経たこの時期に描こうとするものは何なのか、ということになんとなく興味を覚えたのだ。

今思えば、あれを「他人事」と呼ぶのだろう。(『希薄」台本 P.2)

 観劇後に購入した舞台台本(※台本の売上の一部は震災復興支援の寄付金になるそうだ)は、脚本・演出の日野祥太による前書きから始まる。「あの頃、僕は辛い気持ちになった。フリ、をしていただけかもしれない。」と告白する日野は、震災の話に触れて辛い気持ちを抱く自分と、それでも結局いつもの日常を過ごす自分との間に、「他人事」としての居心地の悪さを感じていたのかもしれない。それは彼に限ったことではなく、恐らく津波に直接襲われた、あるいは大事な誰かを失った「当事者」以外の誰もが、心のどこかに感じている居心地の悪さではなかろうか。

 この舞台は、どこまでも「他人事」である「非当事者」が、様々な気持ちや記憶を負う「当事者」の思いに僅かでも融合するための試みなのだと思う。

 ちょっと脱線。「融合」という言葉を使ったのは、H.G.ガダマーの解釈学の概念「地平の融合(Horizontverschmelzung)」を意識しているため。自己の経験、知識、記憶に基づく理解の地平(自分が理解できる範囲)から他者のテキスト(他者が理解する文脈)に向かって自己を投げかけ、その他者との相違の解釈と再投企の繰り返しという循環を通して、自己と他者の理解の地平の融合を図る試みは、この舞台の試みとも重なる。

 公演場所のサンモールスタジオは、折りたたみ椅子による客席数110席程度の小さな劇場で、ステージも小さく、舞台と客席の境もないに等しい距離感だ。舞台は全てブルーシートに覆われており、足元は舞台から地続きの客席3列目まで敷き詰められている(自分はまさに3列目ほぼ中央で観劇)。ブルーシートは客席の側面も覆っており、演者と観客が同じ空間にいるという舞台演出がされている。情景を描く舞台装置は何もないため、劇中に描かれる光景は、海のメタファーであるブルー一色の中から演者と観客一人ひとりの心の中にのみ描かれることになる。即ち、自身の心の中にしかない光景を各々に共有することになるのである。

 公演が始まると同時に鳴り響く緊急地震速報。飛び出してきた主人公・巧は、客席に向かって「皆さん、地震です!地震です!頭を守ってください!早く!早く!」と真剣な顔で叫ぶ。始まったばかりで現実とフィクションとの切り分けがはっきりしていないため、観客側も一応付き合って頭を抱えるべきか迷う。ただ、巧の叫びが徐々に冷静さを失っていくことで、逆に傍観者としての観客の視点を取り戻すことになる。

 主人公・巧は、故郷・大槌町で一度は津波に飲まれ、九死に一生を得ている。今は東京でアルバイトをしつつ、冒頭の地震があるまである劇団の脚本・演出をしていた。だが2ヶ月前のその地震でトラウマが蘇り、筆を取れなくなっていた。

 また作品を書いてほしいと訪ねてきた劇団の女優・弥生に対し、巧は「いやー、逃げだったの、あれは。」と嘯く。震災を描いてきたのは、あれは演劇の中だけの虚構の世界だと言い聞かせるためだったと。しかし久しぶりに強い揺れを感じたとき、これは現実なんだ、だから逃げるのをやめたんだと語る。

 巧はまた、巧の命の恩人であり、西日本豪雨災害の復旧活動から戻る途中に彼を訪ねた自衛官・草一に対し、「(西日本災害を)他人事に感じちゃったんです。」とつぶやく。家族も知り合いもいないテレビの向こうの出来事を他人事と感じ、そんなテレビが流れる店で、酒を飲んで馬鹿笑いしている人々がいる。東日本のときも、みんなそうだったのかなと。

 「当事者」であるがゆえに、自分を襲った出来事から逃げられず、それは「現実」として記憶に貼り付く。だが一方で、ある出来事の「当事者」もまた、別の出来事では「非当事者」となり、その出来事は「他人事」になる。

 観客である私は、「非当事者」としての巧の「他人事」を共有するが、「当事者」である巧の「現実」は共有していない。ただ「非当事者」としての「他人事」を共有することで、巧との理解の地平の接点が生まれる。「非当事者」である自分も、7年半前の「当事者」でありえた可能性があると。

 「非当事者」の自分が「当事者」の「現実」へと自己を投げかけていくには、自己の理解の地平の内側にあるものからアプローチするしかない。この舞台でそのボールとなるのは、人と人との繋がりだ。家族や幼馴染、友人、知人であり、知己の関係性である。

 ただ、巧の東京での恋人・里奈のように、阪神大震災を経験した立場でボランティアとして東北の被災地に自己を投げ入れながら、「非当事者」なまま「当事者」である巧の兄・孝介から暴行され、東北の被災者全体への断絶を心に刻んでしまう人も存在する。孝介は自分が助かりたい一心で横目に映る人々を見捨てながら逃げたにもかかわらず、巧と同様に一度は津波に飲まれて九死に一生を得ていた。だが、巧以外の家族を失い、帰る家も失ったことで、罪悪感に苛まれる人物として描かれる。里奈への暴行も彼の弱さの表れだ。観客である私は、知人にこのような罪を犯した者がいないとしても、人としての「弱さ」を頼りに「当事者」の「現実」へと自己を投げかけていくことになる(もちろん理解することと罪を許すことは全く別物だ)。

 さて、ここまで触れずにいた重要人物がいる。巧の幼馴染であり、本作のヒロインである真理恵だ。実は冒頭の地震のシーンでも巧の傍らに現れ、一緒に客席に向かって呼びかけている。だが、話が進むに連れ、彼女が既にいないことが分かってくる。真理恵は足の悪い母を救おうと巧とともに家へ引き返したため、一緒に津波に飲まれてしまった。手を握っていたはずなのに、巧が海面へ飛び出たとき、その手に真理恵はいなかった。巧のトラウマは彼女を失い、自分だけ助かってしまったことにある。

 真理恵は巧とともに津波に飲まれる「当事者」としての「現実」を共有しながら、巧のその後の人生には存在しない「非当事者」だ。しかし巧の心に刻まれる形で見守り続ける、見えない「当事者」でもある。巧が草一に誘われる形で大槌に戻ったあと、もう帰れる場所ではない町に弟が戻ってしまったことに絶望してか、孝一が自殺する。その報を受けたショックで巧は失明してしまうが、目が見えなくなったことで、巧の前に姿を現す真理恵。二人の会話は恐らくかつて交わされていた日常のままのノリなのであろう。真理恵の妹・未来が、姉が見えぬまま二人の前で、あの日母を見捨ててしまった罪を告白する場面や、真理恵が自分から巧の手を離してしまったことを非難する巧との会話では、客席からすすり泣く声が多かった。巧と真理恵の他愛もないやり取りに、自分と変わらない日常の関係性を感じていたからなのだろう。そこに関わっていたのは自分だったかもしれないという「当事者」性への共感。大切な人を助けられなかった自分、見捨てざるをえなかった自分、助けるために自分を犠牲にした自分。予期せぬ災害は日常の延長線上に起こっていた。あの日大切な誰かを失っていたのは自分かもしれないと。

 とはいえ、ここで感じた「思いの融合」は、やはり日野が感じた「フリ」に過ぎないのかもしれない。自殺する孝介が独白した「俺たちを幸せになんてふざけたこと思わないで、俺たちの分、そっちもみんな不幸になってくれた方が嬉しいよ。」という言葉のほうが、理解しやすいのかもしれない。そもそも巧のバイト先の後輩・良巳のように、とことん「非当事者」として振る舞っている方が、自分に嘘がないとも言える。

 しかしそれでも、「非当事者」が自分の理解の地平を「当事者」の思いと融合させようという試みは、人と人との関係性の中で生きていく者にとっては無駄ではないだろう。この試みが観客それぞれの中で成功したかは、各々の内面に委ねられることになるが。

 ここまで演出・脚本の日野祥太の試みを観客の立場で試してみたわけだが、実は最もこの試みに取り組んだのは演者たちに他ならない。巧役の植田恭平は、この舞台に上がるまでどれだけ巧との対話を積み重ねたことだろう。巧の辛さ、悲しみ、苦しみ、そして愛情を全身で演じていた。彼の熱演なくして日野の試みは成立しない。それはもちろん他の演者も同様だ。水原ゆきが演じる真理恵の可憐さ、優しさ、無邪気さ、そして悲しみが、大切な人のまさに「大切さ」を見るものに伝えてくれた。孝介役の宮原奨伍も、突き離してしまうだけではいけない人の弱さへの共感を導き出す難しい演技だったと思う。未来役の吉岡茉祐も、本当は「強い」なんて言われたくない強さと罪悪感との間という難しい感情を、未来に寄り添って演じていた。みなさん、素晴らしかった。

 そして、巧の友人・春人役として、「当事者」と「非当事者」の狭間のようなポジションを演じていた日野祥太には、いずれブログでも構わないので、この舞台での試みに対する自分なりの結果なり感想を読ませていただければ嬉しい。

 最後に一応ワグナーとして。まゆしぃには、孝介から突き離された言葉を投げつけられた「復興支援する芸能人」として、『言の葉 青葉』で「がんばってねと簡単に言えないよ」と歌ってきた一人として、その思いを聞いてみたい。

最高の楽しさと意外性に溢れた「終わりの始まり」 ー Wake Up,Girls! FINAL TOUR -HOME-〜 PART I Start It Up,〜 開幕

 6月15日の解散発表から1ヶ月。7月14日、ファイナルツアーが開幕した。
 敢えて言う。「終わりの始まり」であると。
 来年3月へ向けて、彼女たちはどのようにこの最後の長征の狼煙を上げるのか、一言ではとても言い表せない思いを胸に、私は市原市市民会館へと臨んだ。

 やってくれた。決して予想外とは言わない。きっと明るいステージにしてくるに違いないとは思っていた。しかしその想像を優に越えてきたのだ。
 2ndツアー以降定番となっていた「お約束たいそう」がなく、突然意外な人物のナレーションによるオープニングコール。そしてカーテンが開き、まさに「It's a SHOW TIME!」
 なんということだろう。ずっと成長過程を見てきたつもりなのに、WUGちゃんたちがこんなにも素晴らしきエンターテイナーになっているなんて…。すまぬ。ドイツ語の単語しか出てこない。Wahnsinn...
 もう楽しいなんてもんじゃない。だって、彼女たちは客席にまで飛び出してくるのだから。それもワグナーへの信頼の証で、絶対に混乱を来たさないという客席への自信があるから出来るパフォーマンス。嬉しいじゃないか!
 そしてリーディングライブ。歌を削ってでも見せたかったこの朗読劇は、WUGが歌って踊るアイドルユニットというだけでなく、何よりまず「声優ユニット」だというアイデンティティを示している。しかもそれは、WUGという7人の「声優ユニット」だからこそ出来るアドリブと阿吽の呼吸であり、ベテラン同士が掛け合う手練れの上手さとは違う、仲間としての絆があってこその演技がそこにはあるのだ。
 また、セトリも最後まで意外性の連続だった。定番曲の「7 Girls War」も「Beyond the Bottom」も、5月のグリフェス昼公演で一般投票1位だった「少女交響曲」すらないのだ。今までならトドメの場面で歌われる「タチアガレ!」すら、盛り上がりの勢いの中に滑りこませ、本編はしかし、彼女たち自身が作詞した「Polaris」でしっかりと締める。
 1stツアーの「素人臭くてごめんね!」から4thツアーの「ごめんねばっかり言ってごめんね!」まで続いていた「ごめんね!」シリーズのツアータイトルがなくなり、この日のライブは「もうごめんねなんて言わないよ!」という茶目っ気たっぷりな笑顔と自信に溢れていた。本当にもうみんな最高に素敵なレディーだよ。
 「HOME」と題して始まったこのファイナルツアーは、まさにWUGちゃんとワグナーのホームパーティ。コールの一体感も今までの比じゃなかった。
 だからこそ、最高の楽しさの奥に残るどうしようもない寂しさが拭えない。まだまだこんなにも新しい可能性を見せてくれる7人なのにと…

 しかしまた、だからこそ、敢えて一つ不満点も書いておく。
 衣装替えの間にスクリーンに流れたあのメッセージ。ツイッターを眺めると意外に好意的な声が多いのだが、私にはダメだった。
 あれは一体誰の声なのか?文脈的にWUG7人自身が発したメッセージではない。ワグナーの声を代弁しているつもりなら、みなそれぞれに複雑な気持ちを抱えている中で、勝手に一つの方向に連れいていこうとしないでほしい。運営サイドの声だというのなら、今回ばかりはちゃんと責任者が顔を出して話してほしい。座間と大宮でもあれを流すなら、その間私は目を瞑ることになるだろう。

 この日は、アニサマへの参加決定のサプライズ発表もあった。今年はファイナルツアーに集中したスケジュールになるものと思っていたし、WUGちゃんたち自身も諦めていたようだった。それだけに、発表と同時にまゆしぃは座り込み、よっぴーは泣き出してしまう。WUGとしてあのステージに立つことはもうないと思ってたのだろうから、その感慨はひとしおだろう。平日だし今更チケットを取れるようなイベントではないので私は行けないが、是非ともあの2万人を越すオタクどもに、今最強の7人の姿を見せつけてやってほしい。できれば7人が書いた歌「Polaris」でSSAを一つにしてほしい。

 終わりあるホームパーティが最高の楽しさとともに始まった。公演を重ねるごとに気持ちはきっと複雑に巡ることになるだろう。しかし、それでもきっと最強を塗り替えつつ進むWUGちゃんたちを、最後まで見届ける覚悟は出来た。

WUG解散の発表を受けて…

本日は皆さまへ大切なお知らせがあります。

声優ユニット「Wake Up, Girls!」は、2019年3月をもって解散することとなりました。

 仕事中だった6月15日(金)午後3時、Wake Up, Girls!ファンクラブ「わぐらぶ」からメルマガが届いた。スマホの通知ランプが点滅したままだと気になるので、たいていチラ見だけしてすぐ仕事に戻るのだが、「▼いつも応援してくださっている皆さまへ」という普段と違う書き出しが気になり、そのまま読み進めると、上記の一文に辿り着いた。そこから午後7時の定時まで、正気を維持して仕事をするのが如何に苦痛だったか。
 WUGが解散する
 いつかこの日が来ることは分かっていた。でも今じゃない。まだユニットとしての可能性に満ちている。まだまだこれからじゃないか…!なぜ今なのか?
 頭の中はぐるぐるで整理がつかない。なんとか仕事を終えて退社すると、すぐ帰路につく気にはなれず、近くのコーヒー屋に入ってワグナーたちのツイートを追う。みんな混乱している。当たり前だ。
 タイムラインで、インターネットラジオ番組「Wake Up, Girls!のがんばっぺレディオ!」とニコニコ動画配信の「WUGちゃんねる!」でメンバーからのコメントが特別配信されることを知り、覚悟を決めて帰路につく。正直に言って、聞くのも見るのも怖かった。でも彼女たちの声を聞かねば始まらない。だから帰宅後PCを立ち上げ、覚悟を決めて彼女たちの声を聞き、表情を見た。
 ますます分からなくなる。メンバーそれぞれの言葉で突然の発表を謝り、これまでの感謝を述べ、来年3月まで応援してほしいと語る。でも「なぜ今解散なのか?」がない。
 週末に入り、土曜日は一日何もせずに、ほぼずっとこのことを考えていた。前日の晩のようにワグナーのツイートを追うのも控え、とにかく一人で考えた。
 一つ、半ば確信していることがある。この解散は、おそらくメンバー側から言い出したものではない。なぜなら、彼女たちの声や表情に、この決断を自ら下したという強い意思が感じられないからだ。見えているのは、この運命を受け入れることを決めた、という意思である。
 実は金曜日の晩にいろいろ眺めている中で、一つ引っかかっていることがあった。エイベックス・ピクチャーズのWUG担当プロデューサー田中宏幸氏が同社を辞めていたということだ。調べてみると、今年2月からサイバーエージェントに籍を置いている。
 WUGというと、アニメ作品の原案・前作監督である「生みの親」山本寛氏の名前が兎角話題に上る。しかし彼は飽くまでアニメ制作の責任者であり、声優ユニットに対しては口を挟むこともあっただろうが、そのプロデュース責任者ではない。アニメの版元プロデューサーであり、WUGの所属音楽レーベルDIVE II entertainmentのプロデューサーでもあった田中氏が、いわば声優ユニットWUGの「育ての親」であった。
 彼がなぜエイベックス・ピクチャーズを辞めたのかは問うても仕方がない。サイバーエージェントのほうがよい条件だったなら、個人の人生の選択として誰も責めようがない。いつから辞める話があったか分からないが、アニメ新章が彼のWUGへの置き土産だったのだろう。
 しかし田中氏がアニメにおいても声優ユニットにおいてもWUGの要であったことは事実で、彼が抜け、新章という一つの大きな区切りのあと、WUGというプロジェクト全体のプロデュース体制がゼロから見直されることになったのは想像に難くない。
 つまりその結果として、声優ユニットWUGのプロデュースは終了となったのだろう。
 振り返ればWUGの活動は決して順風満帆ではなかった。それゆえ、新章とそれを受けた5月12日のグリーンリーヴス・フェスは、最後の起死回生の策だったといえる。しかしアニメは制作スケジュール破綻の底質作画という前作とまったく同じ轍を踏み、グリフェスは幕張イベントホールという無謀とも思えるキャパの箱を押さえ、結果スタンド上段席は未使用という、集客力の限界を見せてしまった。フェスの内容には満足してるのだが、シビアにビジネスとしては、あれがとどめになってしまったのかもしれない。WUGのファンは徐々に増えているという実感はあった。だがその地道なペースでの継続を、ビジネスとして打ち切った、そういうことなのだと思う。
 これらはもちろん私の推測に過ぎない。ただ「なぜ今解散なのか?」という点では、一先ず自分を納得させるのに十分な理由だ。本当の答えは、おそらく今後誰からも語られないのだから。
 ただ、土曜のかやたんのブログを読むと、解散が発表される金曜日の朝を迎え、「いよいよこの日が来たなぁ」と思ったことが書かれている。解散がそれなりに前から決まっていたことが分かる。WUGチャンネルでコメントするメンバーの姿にある程度自制が利いていたのは、そのせいだろう。そのかやたんが、最も感情を抑えるのに必死だったのが、痛いほど分かるとしても。
 少なくとも先々週のWUG舞台では、解散が決定していた中で、真正面から役に向き合い演じてみせ、直前木曜日の楽天ラボナイターでは、弾ける笑顔でスタンドを盛り上げて楽天を勝利に導いていたのだろう。もしかしたら、グリフェスの時点でもう分かっていたかもしれない。よっぴーが叫んだ「みんな家族だ!」も、既に分かっていたから込み上げてきた言葉だったのかもしれない。
 グリフェスのときに発表されていたライブツアー。そのタイトルが、解散発表のあと告知された。
 Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME -
 ズルいじゃないか、「HOME」とか…
 3部構成の最後のサブタイトルは「KADODE」。ワグナーは家族なんだから、7人の門出を祝って送ろうってか。
 でもね、「HOME」とは「帰る場所」ってことなんだから、いつでも戻ってこられるってことなんだよ。
 ホント、WUGちゃん7人はみんな仲良しなんだよね。若い女性が7人集まれば、絶対にあの子とあの子が仲悪いとか、派閥ができてたりするもんだと考えるだろうけど、WUGちゃんたちはそうじゃない。もちろん最初から全員打ち解けあってたとは思わない。よくネタになるまゆしぃとよっぴーの喧嘩だけでなく、1年目にやってた「Wake Up, Radio!」のときなんか、お互いの間合いを計るような気遣いも時々感じられていた。
 でもね、この7人のよいところは、そんな中でも誰かを省いてしまおうという子がいなかったこと、ユニットとしてそれぞれに慮って向き合える子たちだったってことなんだよね。
 ブログやラジオ、イベントでのMCなど、彼女たちの言葉をほぼ毎日、5年近く聞いてきた。7人の中のどの組み合わせでも必ず、プライベートで一緒に遊びに行ったり、夜通し語り合ったり、相談し合った話がある。
 今回もきっと7人でいっぱい悩んで話し合ったことだろう。そんな彼女たちが、解散という運命を受け入れる決意をした。ワグナーとしてはその決意を受け入れるしかない。家族なんだから。
 私はWUGの箱推しだ。この7人だからこそのWUGが大好きだ。同時に7人単推しでもある。だから来年の4月以降も、変わらず一人ひとりを応援する。
 ツアーは、貯金残高眺めると頭を抱えざるをえないのだが(今年5年目のデスクトップPCやスマホ、10年選手の家電類を買い換えようとか考えてたので…)、可能な限り多く参加する。そして来年3月のファイナルでは、「いってらっしゃい」と送れるよう、心の準備をしておきたいと思う。