村山由佳『天使の卵―エンジェルス・エッグ』

天使の卵―エンジェルス・エッグ (集英社文庫)

天使の卵―エンジェルス・エッグ (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
そのひとの横顔はあまりにも清洌で、凛としたたたずまいに満ちていた。19歳の予備校生の“僕”は、8歳年上の精神科医にひと目惚れ。高校時代のガールフレンド夏姫に後ろめたい気持はあったが、“僕”の心はもう誰にも止められない―。第6回「小説すばる」新人賞受賞作品。みずみずしい感性で描かれた純愛小説として選考委員も絶賛した大型新人のデビュー作。

 純愛小説ってことなのだけど、残念ながら自分には登場人物の誰にもうまく感情移入できなかった。

 精神を病んだ父を持つ美大浪人生の歩太。精神の病で夫が自殺して、それを機に精神科医となった年上の女性春妃。春妃の夫も画家であった。最初は歩太の片思いであり、春妃は夫の死から男に対し閉ざしていたのだが、担当であった歩太の父も自殺したことによって、自分の無力さに苛まれ、結果として運命共同体となった歩太の存在に救いを求めた恋をすることになる。そんな二人は互いの関係を秘めたものにし続けるが、その理由はいまだ歩太に未練を持つ元ガールフレンド夏姫が春妃の妹であったため。

 物語というのはある種の特殊環境が展開をドライブさせる機能を持つもので、それ自体は読み手もそのつもりで読んでいるのだけど、ここまで運命の糸をあちこちで絡めつけられると、ある糸に向けて流し込んだ感情が、あちこちでどん詰まってしまうのだ。それゆえ悲劇的な恋に同情こそすれ、どこか他人事として覚めた目で見てしまうことになるのである。

 テーマとしては最終的に、心が傷ついて死んでいった者から残された者が、自らも心傷ついてどう生きていけばよいのか、ということになるのだろう。投げかけられたそのテーマに深く考えさせるものは確かにあるのだが、しかしこの小説の通じて考えてみるには、登場人物たちの存在が私には少々遠過ぎた。