ソ・ラ・ノ・ヲ・ト ― 第10話「旅立チ・初雪ノ頃」

内容(公式サイト 各話あらすじより)
軍事年鑑のあるページを開き、
どこか塞ぎ込んだ様子のリオは、ずっと悩み続けていました。
自分のすべきこと、
自分にできることとは一体なんなのか……。
そんなリオを心配するカナタでしたが、
うまく言葉を伝えられません。
それぞれがもどかしい気持ちを抱きながら過ごす冬の始めに出会った、一人の老婆。
彼女の生き様は、リオに大きな影響を与えることになるのです――。

 いろいろと物語の背景が明らかになった今回。リオはアルカディア大公が「他所で作った子」であり、公位継承権第三位に当たる存在だった。大公の長女イリア皇女殿下はリオの腹違いの姉になる。イリアは交戦中の正統ローマとの関係改善のために皇帝に輿入れする噂もあったが、国威発揚のため国内行脚中に川で溺れた子どもを助けようとして命を落としている。前回の増水した川岸での救難騒動でリオが冷静さを失っていたのは、それとオーバーラップしていたためということになる。

 さて前回、「虚像と実像」というテーマでクラウスとクレハの物語が描かれ、それを通じてリオの悩みの奥が仄めかされていた。イリア亡き後の代役、その虚像への逡巡。だがクラウスが、虚像というものを演じきることの苦しみと同時に誰かに与える強い輝きを示したことで、リオの心に虚像を演じる意味を悟らしめた。

「彼女は私の憧れだった。凛々しくて、優しくて、自分の運命を粛々と受け入れて…」

 イリアが運命を受け入れて国民から愛される象徴的立場を演じていた強さ、憧れという眼鏡で見られ続けることの辛さを、リオは前回の事件で理解したのであろう。

 しかし彼女のもう一つのわだかまり。森の奥へと住まわし母と自分を放っておいた父への憎しみと、そんな父をただ待ち続け死んでいった母を思う悲しみ。今回はリオが母に見ていた虚像との決着が描かれる。

 第1話から時々映っていた市の老女、ジャコット婆さんは独り山奥の小屋で野菜を作って暮らしていた。冬が近づいてきたことで街に下りるようリオとカナタが訪ねるが、彼女はそれを断る。彼女は若い頃許されぬ恋をし、子供を生んだ。その男と、一緒に連れて行った息子の帰りを彼女は待ち続けているのである。「必ず迎えに来る」という言葉を信じて。リオはジャコット婆さんに母の姿を重ね合わせ、「あなたはそれでいいのか?本当にそれで幸せなのか?」と強く問う。

「あの人を愛した記憶があるから、あの人との思い出があっていつかまた逢える希望があるから、それで十分、十分なんだよ。」

 ジャコット婆さんはそう答える。そして初雪の降り積もる夜、彼女は愛した男の幻影に導かれ、雪の中へと消えて逝った。

 不幸だと思っていた母の人生は、悲しくも幸せな人生だったのかもしれない。ジャコット婆さんもリオの母も、思い出という虚像に支えられ、その運命を生きたのだろう。

 リオはセーズの町にやってきたとき、ここを路地を迷路のように感じていた。そして行き当たった美しい景色も、ゴールではなく行き止まりと思っていた。彼女はただ運命から逃げていた、そう悟るのである。しかし迷って行き止ったからこそ自分はリオと出会えたのだとカナタは言う。迷い、人と出会い、そしてそこが掛替えのない場所となる。セーズはリオにとって離れがたい場所となり、だからこそ旅立ちを決意する。「私にはできる。私にしかできないことがあるから。」と。

 このブログでは度々「このアニメはジグソーパズルのピースを埋めていき、最後に一つの絵になるように描かれている」と書いてきた。どうにもあと2回で全体像が完成するようには思えないが、この世界で生きる人々の姿というものは凡そ見えてきたのではないかと思う。かつて高度な文明が失われるほどの災禍があり、今も世界が終わりに向かっていると言われる中、人々は出会い、互いの虚像と実像に時に悩み時に支えあいながら、日常を生きていく。フィリシアの前に現れた旧時代の亡霊は「こんな世界で生き延びることに、意味はあるのかい…?」と絶望を説いたが、人々は迷いながらも出会い繋がる人と人との絆に希望を持って生きていくのである。カナタの口癖「ステキ」は、この世界において何事も前向きに変えていくマジックワードなのだ。

 残り2回、BD/DVDのみ収録分を含めてあと3回で少し軍事的なきな臭い展開にもなりそうな次回予告だが、もはやあからさまなドンパチにはならないだろう。ただ翼の悪魔と炎の乙女伝説はとても回収できそうにないし、なんとなく1年後に2期とかという感じになりそうな気はする。そうすると今期とは少し違った雰囲気の展開になるんじゃないかと思うが、とりあえずあと2回(未放映分は多分後日談的な話だろう)、そろそろ脚本家や監督の思想なんかも考えながら、いい仕上げを期待したい。

★おまけ
 先週もちょっと気になっていたのだけど、どのアニメもこの辺にくると作画的に疲れが出てくるよねぇ。BD/DVDで手直しっていうのが最近のお決まりだけど(「化物語」の撫子は酷すぎたが)、どうにかならないものかしらん。せめて最終回は持ち直していることを期待。