イーハトーブの国から、旅立ちへの第一歩 ー Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME - ~ PART Ⅱ FANTASIA ~ 岩手公演

※ネタバレ含みます

 

 いつの間にか、涙が流れていた……

 

 12月9日、前日の夜にサラサラと降った雪が、盛岡の街に白く薄化粧を施していた。しかし空は青く、鼻孔を抜ける空気はツンと冷たく澄んで、心地よい。

 岩手はWUGメンバーの一人、奥野香耶、かやたんの故郷だ。このファイナルツアーでは、メンバーの故郷が会場のときは、そのメンバーが企画するコーナーが組まれている。この岩手公演については他のメンバーも「かやがすごく頑張って考えてくれている」と、折に触れて話していた。

 かやたんは、メンバー中随一の「不思議な」魅力を持った子だ。最年長でありながらまるで一番の妹のように他のメンバーから可愛がられ、しかし周りに流されない自分がある。守ってあげたくなるような可憐さがありながら、決して誰にも干渉させない独自の空気も纏っている。かやたん推しのワグナーたちはそんな彼女の独特な雰囲気に魅了されつつ、(私は参加してないが)3月に行われたソロイベントのときには、そこに作り上げられた彼女に困惑させられ、見事に翻弄されていたようだ。

 ただ彼女は、おそらくWUGの中で誰よりも、主観的にも客観的にも声優という自分の姿を見つめ、また探し求めている人なのだと思う。

 ツアーPart IIは「FANTASIA」と銘打たれ、Part Iのパーティー感とは変わり、冒頭の「スキノスキル」では薄いカーテンに映し出されるファンタジックな映像の後ろでWUGちゃんたちがそれに溶け込むように歌い踊り、また「outlander rhapsody」では一転、彼女たちが勇者となって、ゲームの中に入り込んだような世界観で楽しませる。

 そんな演出が続く中、これまでなら会場限定企画が来るところを、前倒しでリーディングライブが行われ、7人の家族のような絆を感じさせる物語が演じられた流れで、「Polaris」が披露される。

 その後WUGちゃんたちが一旦ステージから下がると、スクリーンが下りてくる。

 ここからは昼公演のこと。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル

 文字だけの映像に、かやたんの声で宮沢賢治の「雨ニモマケズ」。 続いてスクリーンには盛岡の街を歩くかやたんが映し出され、彼女のモノローグ。

 6年前の冬、WUGの最終オーディションを受けるために、開運橋を渡り、岩手山に見送られながら、盛岡駅から東京へと向かった自分。まさか自分が受かるわけないとどこか思っていた中で、自分の人生が大きく変わったWUGへの選出。ここからははっきりとは覚えていないが、嬉しいことばかりでなく、悩み苦しむことはあっても、支えてくれる人々へ感謝し、自分を生み、育て、送り出してくれた故郷、岩手を大切にして、故郷に誇れるような
「サウイフモノニ ワタシハ ナル
と彼女は宣言する。

 夢と不安を胸に故郷を旅立ってきた一人の女の子が、今を大事に生き、これからも一歩一歩生きていくことを力強く宣言する。その語る声に、私の組んだ手が震えだす。私は約5年間、声優として、アイドルユニットの一員として、そしてそのことに真摯に向き合う一人の人間としての彼女を、遠くファンの立場で見守ってきたつもりだ。そんな私の中に、言葉にできない何かが込み上げてくる。

 ステージの両脇から合唱団イーハトーヴシンガーズの方々が壇上に上がり、最後にかやたんがステージ中央に姿を現す。

 「私のふるさとの歌を聴いてください。」

イーハトーヴの国の人は
生命のはかなさを知っているから
イーハトーヴの国の人は
やさしく微笑むのだろう

 「イーハトーヴの風」、彼女はやさしい微笑みで、故郷の人たちと一緒に、ふるさとの歌を私たちワグナーに歌い聴かせてくれた。あの日夢を抱いて故郷を旅立ち、そこで出会った人たちを今故郷に招いて、誇りを持ってふるさとを歌う彼女の微笑みは、なんて素敵なのだろう。

 うん、かやたん、あなたは素敵です。とてもとても、素敵です……

 いつの間にか、私の頬に涙が流れていた。いつ以来だろう、気づかぬうちに流れた涙など。どんなに感動し目頭が熱くなっても、本当に涙がこぼれることなど、ほどんどなかったはずなのに……

 次に、イーハトーヴシンガーズの皆さんが、WUGの歌を覚えてくださったという。その歌は「言の葉 青葉」。作品「Wake Up, Girls!」の持つ思想を実はもっとも含んでいる曲。東北の震災の悲しみを知りつつも、何度でも芽生える力をもった青葉に言葉を寄せた歌だ。イーハトーヴシンガーズと一緒に歌うかやたんの声は、ヘッドマイクを付けているにもかかわらず、耳を澄まさなければ聞き取れないほど合唱の声に溶け込んでいる。途中からWUGの残る6人も姿を現し一緒に歌うが、彼女たちの声もイーハトーヴシンガーズの美しい歌声の中に溶け込んでいく。

 間奏で、かやたん以外の6人が会場の通路に降りてくる。そして「皆さんも一緒に歌ってください。」というかやたんの言葉に、会場のワグナーたちも皆、「言の葉 青葉」を歌う。

 この時思った。岩手の合唱団イーハトーヴシンガーズが歌い、私たちワグナーが歌い、そしてWUGの7人の歌声がその中に溶けていったことで、「言の葉 青葉」はWUGだけでなく、誰もが口ずさめる歌になれるんだなと。最初はフォークグループ「赤い鳥」が歌っていた「翼をください」が、教科書に載り、今では多くの人が「赤い鳥」のことを知らずに口ずむ合唱曲となった。「言の葉 青葉」もまた、イーハトーヴシンガーズさんがきっとどこかで歌ってくださったり、ワグナーの誰かが合唱団に入って選曲したりすることで、いずれWUGという姿が溶けて見えなくなっても、東北の歌として広く歌われる歌にきっとなれるだろう。

 歌い終わると、自然にスタンディングオベーション。涙を拭っていた私は一瞬遅れたが、ステージに向かってほぼ左隅にいた私の視界に、通路でこの光景に驚きながら満面の笑みを放つななみんの姿が映った。さすがななみん、私も一瞬で笑顔になってしまったよ。

 

 いつものように、私のブログ記事は冗長になって申し訳ないのだが、このまま夜公演の話もさせてほしい。

 

 昼公演で一つ心残りがあった。泣いて声が出なくって、「言の葉 青葉」を全然歌えなかったのだよ……。これでも若い頃、合唱団で歌ってたことがあるので、夜公演ではしっかりお腹から声出して歌うぞ。さすがに二度は泣かされないぜ、かやたん!

 夜公演でも「Polaris」が終わるとWUGちゃんたちがステージから下がり、天井からスクリーンが下りてきた。しかし今度は、WUG一人ひとりからワグナーへの、感謝の言葉が流れる。そして昼公演と同じくイーハトーヴシンガーズの方々がステージに現れ、最後にかやたんが再び中央へ。

 披露された曲は、昼公演とは異なり、「旅立ちの時」。

旅立ちの勇気を
虹色の彼方に
語りかけるこの時
微笑みながら振り向かずに
夢をつかむ者たちよ
君だけの花を咲かせよう 

  「旅立ちの勇気を 虹色の彼方に」って、まるでWUGの旅立ちのために書かれたみたいじゃないか!こんな歌があったなんて……

 この曲では他のメンバー6人も途中からステージに現れ、一緒にこの歌を歌った。昼公演は、かやたんの故郷にワグナーを招き、故郷を歌って、彼女の新たな出発の決意を表していた。そして夜公演では、同じく故郷に招いた仲間たちとともに、ワグナーたちへ旅立ちの決意を歌う。

 これまでこのファイナルツアーでは、敢えて終わりを意識させず、Part II最初の大阪公演でも、大阪出身のまゆしぃはコントや大喜利といったお笑い企画で、Part I同様にとことん楽しむステージを作ってきた。しかしこの日、声優ユニットWUGとしての終わりの時が近づいていることが明示されたのである。年明けからのPart IIIは公演数が多いので、ライブの数としてはまだ半分に達していないのだが、7月のツアー開始からの期間としては、大阪公演から2ヶ月空いたこの岩手公演が、実は後半の出発点だといえる。かやたんはきっと、最年長である自分から、旅立ちの第一歩を示そうとしたのかもしれない。

 合唱の2曲目は、昼公演と同じく「言の葉 青葉」。かやたんが「緑のサイリウムを点けてほしい」と言ったので、会場全体が緑色の光に染まる。緑はかやたんの色であると同時にWUGの色だ。アニメ新章に際し、かやたんは黄緑、WUGカラーはライトブルーに近い緑に色分けされたため、私は「雫の冠」のときは新たなWUGグリーンを灯すのだが、「言の葉 青葉」はやはり、初期のくっきりとした緑を、左の胸に当てる。

 今度は最初からかやたん以外の6人も参加し、イーハトーヴシンガーズとともに歌う。そして昼と同じく間奏で会場の通路に降りてきて、ワグナーたちも一緒に声を合わせる。

 大丈夫、また胸は熱くなってるけど、涙は出ていない。歌える。

 夜公演では幸い通路から近い席で、私のそばにはあいちゃんが立った。彼女はきっと、できるだけ一人ひとりと目を合わせながら歌っていたのだろう。私ともわずかに目が合うと、その瞳は少し濡れて光っていたように思う。私はなぜか、うん、うんと頷きながら、声を張り上げるではなく、しかしできるだけ通る声で、彼女に届けるように歌った。届いていたら嬉しい。

 歌い終わり、イーハトーヴシンガーズの方々、そしてかやたん以外のメンバーが下がると、一人残ったかやたんは言った。「がんばってねと かんたんに言えないよ」をワグナーのみんなに歌ってほしかったと。

 そう、言葉では簡単でも、「頑張る」ことは決して容易なことではない。でも、きっとだからこそ、彼女は私たちワグナーに茶目っ気のある笑顔を見せてこう続けた。

 「でも、これからも、がんばってって言ってね。」

 そうだね、簡単になんて言わないよ。私も、そして全てのワグナーたちが、心を込めて言うだろう。「がんばってね」と。

 

 最後に、イーハトーヴシンガーズの皆さんに心から感謝を申し上げます。WUGとワグナーだけでない、皆さんの美しい歌声があったから、この日のライブが忘れられない素晴らしいものになりました。本当にありがとうございました。そして、どこかでまた「言の葉 青葉」を歌っていただけたら、とても嬉しいです。