涼宮ハルヒの消失 〜 そして真のヒロインは長門に…

 当初予定では府中の共同通信杯を撮りに行くつもりだった。しかし今年になってまだ一度も競馬場へ足を運んでないせいか、メンバー的にも今一つモチベーションが上がらない中で1時間半かけて府中まで行く気力が湧かず、前日深夜に今週もお休み決定。結局今年の初競馬はフェブラリーSになりそう…。

 てなわけで、だらっとネットを眺めながら、「そういや『消失』始まったんだよなぁ。いつ見に行こうかなぁ。」と劇場情報をチェックしたら、どう考えても平日無理ジャン!仕事を定時にあがっても夕方の回は間に合わないし、レイトショウだと終わるのが殆ど0時だ。160分なんていう大長編にしてくれたもんだから、全然時間が合わない!

 というわけで、どうせ休みで混むならとっとと見に行ってしまえということで、ネットで即効座席予約し、市川コルトンプラザに行ってしまった日曜午後。

涼宮ハルヒの消失 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの消失 (角川スニーカー文庫)

映画公式サイト

 一応完全に原作準拠とはいえネタばれ有の感想になるから、以下「続きを読む」にしとくけど、その前にこれから見に行く人へご忠告。

 分かっちゃいるでしょうが、トイレ対策は万全に。予告等を含めれば上映時間は約3時間の長丁場。場内は適度に暖房が効いているとはいえ、じっとしてればトイレにも行きたくなります。私は昨夜行くと決めた瞬間から水分補給を極力控え、開演15分前に用を済まし、コートを膝掛け毛布のように腰から脚に掛け、そしてカイロをそのコートの下に忍ばせ万全の状態で臨みました。飲み物飲みながら見るのは自殺行為です。私が見た回は幸い目立つ出入りはありませんでしたが、一部では既にこんな文句も飛び交っているようだし、自分自身がゆっくり落ち着いてみるためにも、事前の対策はしっかりしておきましょう(携帯もマナーモードでなく、しっかり電源オフにしましょうね)。

 それからエンディングロールの後にもほんの少し続きますので、みのりんの歌を聴きながら立ち上がらないように(つか、聴け!)

 では以下感想。
 「長門、ちょーかわいそぉ!もう、キョンくん、付き合ってあげてよぉ!」

 劇場を出るとき私の前を歩いていたカップルの彼女のほうが、半泣き声で彼氏にそう訴えていた。ホントそうだよねぇ。私だって嫁にするならハルヒより断然長門(オイ!

 私は一応原作既読だったので、とにかくこの作品の成否を握るのは、世界改変後でも言葉数の少ない長門の切ない心を胸がキュンとくるほどに表現できるかどうかだと考えていた。それはもう合格です。キョンくんが突然部室にやって来て、訳の分からないこと叫びながら詰め寄ってきたときは、そりゃ長門にとって怖かったでしょう。でも改変後に作られた記憶に残る優しいキョンくん、憧れのキョンくん、やっと話をできたキョンくんを、ただ拒否して追い出してしまうのはもっと怖かった。だから差し出した白紙の入部届け。このときの小さな勇気を振り絞った彼女の表情はなんとも言えません。

 そしてキョンくんがその入部届けを返すときの、あの長門の壊れてしまいそうな表情。もうね。堪りませんよ。私だったらあの顔を見た瞬間「ゴメンっ!」って言って撤回してるわ。そうでなくても、キュン君や、あともう一言、あの長門のために何か言ってやって欲しかったぜ。いやもう、原作読んで分かってても、そうツッコミいれたくなるんですよね。それくらい長門を描くために、京アニさん、さすがに気合入ってましたよ。

 そして何よりよかったのが、ラストの病院の屋上でのシーン。原作では病室だったのだけど、キョンくんの優しさ、長門の無表情なままに溢れ出す感情を演出するために、敢えて屋外に場面を変え、原作にはないシーンを挿入してきた。これは本当にいいアレンジだった。恐らく不安という感情をプログラムされていない長門であり、情報統合思念体によって処分が検討されていると他人事のように語っていても、寒空に佇む彼女は、その能力に似つかわぬほどか弱く見え、キョンくんたちとの絆が失われることへの不安、あるいは寂しさが伝わってきた。そこでそれを薙ぎ払うように「(情報統合思念体に)くそったれと伝えろ」と力強く言い放つキョンくん。全てを敵に回してもお前を守るという彼の言葉は、それが「SOS団の仲間だから」というところに長門自身でさえ気付いていない気持ちに対する切なさはあるものの、単なる観測アンドロイドの一つではなく、「長門有希」というたった一人の自分の存在を彼女自身のために証したのだ。

 「ユキ…」

 キョンくんが不意に言ったその発音はどう聞いても「有希」なんだけど、空からは静かに「雪」が舞い降りてきた。「ユキ」と言われた瞬間に見せた長門の表情は、もう全く普通の女の子。彼女に優しく自分のコートを掛けてあげるキョンくん。「YOU!抱きしめちゃいなYO!」と心の中で言わずにはいられないシーンなのだがw、もちろんキョンくんはそこまで踏み込んだことはしないわけで、ただコートで彼女を温かく包み込む彼の行為は、万能と思い頼り切っていた長門を今度は自分が守るというキョンくんの澄み切った意思の現れとして表現されていた。

 「ありがとう。」

 感謝の言葉。初めての言葉。碇司令にも言ったこtゲホゲホン。このとき初めて長門は個としての自己存在を承認され、自分自身でも認識したのであろう。咳き込んだついでにちと脱線すると、以前はてブで「綾波萌えは当人自身が知らなかった感情に気付いていくプロセスへの慈しみ、長門萌えは僅かに表出する感情に当人が無自覚でありながら見る側が気付いて感じる愛しさ。」なんて書いたんだよな。この「ありがとう」はそんな長門が初めて自分の中に感じた感情への感謝、ともいえるかもしれない。

 全体として、さすがに160分という贅沢な時間を使っただけあって、キョンくんの動揺や葛藤や奔走も一つ一つ丁寧に描かれていて、原作既読者が多くの映像作品で感じる物足りなさは全くなかった。敢えてちょっと気に入らなかった点を挙げるなら、キョンくんが長門に短針銃を向けながらモノローグを繰り広げる自己問答が、原作でも長々とやっていたとはいえ、自分で自分を踏みつけるとかはちょいと過剰演出だったかなと。見ていてあまりいい感じがしなかった。一方改札口を使った演出はとても象徴的でよかった。

 「涼宮ハルヒ」シリーズという全体から見ると、この「…消失」は大きな転換点となった作品だと思う。そもそも「涼宮ハルヒ」といいながら、ハルヒがヒロインらしかったのは実際のところ1作目の「…憂鬱」だけなのだ。2作目の「…溜息」なんかはハルヒを動かす内面は全くといっていいほど描かれず、ただキョンくんその他が振り回されたドタバタ劇であり、「…退屈」の短編群も「笹の葉ラプソディ」が「…消失」の伏線を作っている以外は、短い単発のエピソードに過ぎない。そして「…消失」でのハルヒは、まさに前半消失しており、現れた後もキョンくんの行動への鍵を与えるだけであって、ストーリーの全体には関わってこない。今作におけるヒロインは紛れもなく長門だ。そしてその後の作品でも実は、ハルヒはエピソードのトリガーではあっても主役であることは殆どない(短編「ライブアライブ」が唯一の例外か)。「…驚愕」がいつまで経っても出ないので実は「…分裂」だけ敢えて未読のまま本棚に置いてあるのだけど、8巻目までについてはみくるちゃんメインの話があるものの、常にその内面も含めてとても大事に描かれているのは長門なんだよね。ハルヒよりも、長門がどう感じどう行動するかが物語を方向付けているという意味で、「…消失」以降このシリーズの真のヒロインは長門だと思っている。

 おまけ

 来場者全員プレゼントで長門表紙のメモ帳をもらってしまった。全然知らなかったのでちょっとびっくり。これ、やっぱり使わないのがファンの嗜みなんですよね?w

【追記】
 なんだかブクマいただいちゃって、しかも数時間はてブのトップにも載っちゃってたものだから、本家ブログや旧ブログでもなかったほどアクセスされてて、いやびっくりです。多謝。

 ブコメでは主にハルヒの存在感について言及されているので、原作をぱらぱらとめくり直して考えてみました。改めて思うのは、ハルヒは「状況」なんじゃないかということ。

 物語の中心となって動くのはもちろん語り部であり主人公であるキョンくんで、長門、みくるちゃん、古泉という同行者たちとともに、「ハルヒ」という「状況」で活躍したり葛藤したり奔走したりする、そういう感じなんだと思う。だから大きな存在感はもちろんあるのだけど、「状況」を生きる主体としての人物とは、なんか違うんですよね。

 ただ攻略すべき「状況」だったハルヒが、SOS団メンバーがあるべき場としての「状況」に変化してきてはおり、未読の「…分裂」で明確に現れてくるらしいハルヒ以外の「状況」と対峙することで、ハルヒ自身が「状況」を生きる主体にもなり得るとは想像できます。

 その辺を「…驚愕」でドーンとまとめていかれればいいのでしょうが、何かにどん詰まってブレイクスルーできなくなっちゃったんでしょうねぇ。

 がんばれ、ながるん…。