黒野伸一『万寿子さんの庭』

万寿子さんの庭〔文庫〕 (小学館文庫)

万寿子さんの庭〔文庫〕 (小学館文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「あなたがお隣に引っ越してきてから、わたしの人生はまた乙女時代に戻ったかのような活況を取り戻しました」竹内京子、二十歳。右目の斜視にコンプレックスを抱く彼女が、就職を機に引っ越した先で、変わり者のおばあさん、杉田万寿子に出逢った。万寿子からさまざまないやがらせを受け、怒り心頭の京子。しかし、このおかしなやりとりを通じて、意外にも二人の間に、友情ともいうべき感情が流れ始めるのだった。半世紀の年齢差を超えた友情が、互いの人生に影響を与えていく様を温かな筆致で描く感涙の物語。

 斜視にコンプレックスを抱き、それゆえ奥手であまり取柄のない二十歳の女性、京子。母は早世し、母代わりに父が呼んだ叔母とは合わず、それゆえ父とも距離が出来、短大に入ると同時に家を出て上京する。決して世間から外れているわけではないが、内向的でどこか孤独感を常に抱えている。そんな京子が就職を機に引っ越した先で出会った78歳の万寿子さんもまた、夫を既に亡くし、娘とも疎遠な関係の中、独り意地を張りながらも、孤独を生きている老人だ。この二人が当初喧嘩しながらも、お互い気に懸け合い仲良くなっていく様は、その年齢差にもかかわらず、とても自然に対等な関係として描かれている。基本的に万寿子さんの性格がある意味少女のままゆえに、二人の関係に歪さを感じさせないのである。

 京子は万寿子さんに押し寄せる老いの病とも向き合うことになるが、若者による老人介護といった感じには決してならないため、読み手である自分にも京子の立ち位置を自然と受け入れさせてくれた。もちろんそれで自分が京子と同じことを出来るかといわれれば、そう簡単なものではないだろうが。

 最終的には、京子が周りの人間や家族との関係を築き直すきっかけを描く、ある種の成長物語ということになるのだと思う。しかし決して説教くさくはなく、人と人との関係に慈しみを感じさせる良作だった。